真夏のなかよし音間。
獣道と生活態度
炎天下、肌を焦がすかのような日射し、日本特有の湿気、じっとりと汗をかいた肌に纏わりつく髪が不快指数を上昇させる。
心頭を滅却しても暑いものは暑いし、流れる汗が逆に爽やかだと開き直る事が出来るわけがない。
夏産まれだからって暑いの平気だと思ったら大間違いだ、と誰に聞かせるでもない恨み言を呟きながら地面だけを見て歩く。
せめてもの打開策にと結わえた後ろ髪に違和感を憶えながらコンビニで購入したソーダアイスを舐めると、不意に聞き慣れた声に呼び止められた。
「なにそれかわいーじゃん」
機敏に動く気力もなくゆっくりと振り返ると、同じように髪を纏め上げた音石が立っていた。
「もっとかわいいゴムをつけたまえ」
「もってねーよ…」
「あちーな」
「あついね…」
どちらの声にも覇気が全くない。
買って五分と経っていないのにもうだらしなくひしゃげ始めたアイスを持つ右手の角度を変えられたかと思うと、「一口くれ」という言葉とともに無遠慮に齧られた。
「かえしてー」
「おめーちょっとやせた?」
「エアコンがブッ壊れた」
「マジで死ぬじゃん」
涼を取るために居座ったコンビニの冷気は既に身体から抜け落ちている。
ファミレスに入る金もないと力なくため息をつく間田の足取りが更に重くなった。
「帰る気しねーならオレんち来れば?」
「エアコンきいてる?」
「オレを誰だと思ってんだよ」
にやりと唇の端で笑う横顔にはっと気付くと、輪郭すらも曖昧に溶けそうだった脳が電球で照らされたかのようにくっきりと形を為し、二つ返事で了承すると音石が偉そうに笑った。
玄関に足を踏み入れた瞬間、きんと冷えた空気に歓迎され間田が頬をほころばせる。
スイッチを切らずに外出していたようで、部屋の中にぬるまった所はどこにもなかった。
「やったーー!盗電最高ォーー!アハハ!このダメ人間!」
「おめーんちで使えない分オレが使ってやってんだよ!」
まるで呪縛から解放されたかのように、この上ない上機嫌で間田が悪態を吐く。
冷蔵庫から取り出したペットボトルを放ってやると「のんでいーの?」と聞かれるので、いちいち了承を取る所にまだ遠慮があるなと少し笑った。
「エアコン愛してる、結婚したい」
「オレがいなきゃ動かねーんだからオレを愛せよ」
「ドロボウ野郎のくせに?」
「わかった、オレを警察に引き渡したらこのクソ暑さに耐えて生きてくれ」
言うが早いか電力の供給を止めると、間田が慌てて取り繕ってくるのでふざけてつけたり消したりを繰り返す。
猛暑の熱気は少しの間エアコンを止めただけでもすぐにどろりと浸透してくるので、脅しの効果は抜群だった。
大人しくなった間田をベッドに座らせ、自分は床に寝っ転がる。
趣味のVHS映像をテレビから垂れ流し、間田にはよくわからなそうな顔をされるのがいつもの事だったが、「これもう憶えちゃったよ」と笑われた。
気を良くした音石が次々とVHSテープを積むので、言うんじゃなかった、と間田は肩を落したが、吐いたため息はうっとりするよーなギターソロに掻き消された。
「メシ食えそう?」
「あーうん、ハラへったよ。でもなー、また外出るのやだなー」
「あちーしなー。たりーよなー。出前とっかー」
野郎だけが集まった場合、特にこの二人は自分が何かしらの料理を作る、と言う考えが根から抜け落ちていたので、怠惰な生活に拍車が掛かる。
今年の夏は光熱費を全く気にしなくて良くなったという電気の王様が、郵便受けにささりっぱなしだったデリバリー系のパンフレットを間田の前に数種類並べた。
大体の食事をとり終え不意に外を見ると、高かった陽がすっかりと沈み、薄い青が空を染めていた。
昼間に比べて少しは風も出て来たらしい、木の枝が僅かに揺れた。
「あのさ」
「うーん?」
「わりい、一回止めてもいいか?…ちっと疲れて来たわ」
食後の煙草を一本ふかしながらベッドに凭れ掛かる音石がだるそうに言うと共に、エアコンが乾いた音を立てて止まる。
部屋中の電気をすべてスタンドで供給していたらしい、照明までが消えてあたりが外と同じ暗さになった。
回路をどういうふうにいじっているのかは分からなかったが、通常回路の方にシフトしてはどうかというもっともな提案は「調子ぶっこいてたら電気代払うのを忘れた」という悲しい現実に打ち消される。
一人で大笑いする音石に呆れてちょっと小突いてやろうかと思ったが、吐く息にわかりやすく疲労が浮かんでいたのでやめた。
「え、だったらさあそんなにぶっ続けなくても良かったのに…」
「いーだろ、別に」
「ずっと「強」だったじゃん。ちょっと弱めでも、除湿とか」
「だって、お前やつれてんだもん」
「…」
おやすみ、と音石がベッドに潜り込みすぐに寝る体制に入る。
スタンドパワーは精神の力で、それを休みなく稼働させていたものだから身体よりも頭の方がつらいのだろう、音石が少しだけ眉を顰める。
それを見て何か言おうかと思ったが、なんだか言葉が出てくれなかった。
暑いっていうのは何でそれだけで体力を奪ってくれるんでしょうね、大変涼しかったです元気になりました。
めっきり食欲減退してたんですけどね、久し振りにご飯をたくさん食べました。ちゃんと食べました。あっつーか奢ってもらっちゃった。
そんなに疲れなくても良かったのに、オレが気付いた所でお前は「平気」と見栄を張るんだろうけども。
そんな事を色々思いながら間田が弱ったような困ったような、照れくさいような、入り交じった表情で音石を見る。
統括すると「ありがとうございます」なのだが、すんなりと降りて来たのはそれに反した言葉だけだった。
「ばか」
薄闇の中で音石が小さくうめくので、枕に散らばった傷んだ髪を少しだけいじって遊んだ。
「音石起きてよ!やっぱり暑い!」
「わがままなんだよおめーはぁ!!」
一時間と経たないうちに間田が音石を揺さぶり、無理矢理起こしては瞬時に怒鳴られる。
頭がまだ重くスタンドを発動させる気力が出ない。かといって一度起きてしまってはじっとりとした暑さが気になって仕方なかったので、面倒だったがファミレスまで少し歩いて涼を取りに行った。
言い訳を続ける間田にそれでも音石はちょっとムカついていたので、今度は料金を割り勘のツケにし、お小遣いが入ったらちゃんと返します、という誓約書まで書かせたのだった。
おしまい
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