過程をすっ飛ばしたものは失敗するって決まってるんだ。
アンタはそれを怠ったから、オレが失敗作でも仕方ない。
かみさまがみえない
彼にとっての幸福は、飛び抜けた頭脳を持っていたことと、何不自由なく育てられたということだ。
彼にとっての不幸は、それゆえに一足飛びに上へ引っ張り上げられ、たとえば、世間を知るための幼いコミュニティに属せなかったこと。
幼い彼は「ふうん」「これができればいいのか」と漠然と思っていただけだったが、それは不遜に膨れ上がった。
「何で他の人はやらないの」「どうして簡単なのにできないの」「みんなやさしいね」
「特別ってなに」「ふつうってなに」「オレにとってはこれが普通」「これが頭がいいってことなの」
「他の人は悪いんだ」「かわいそうにね」
彼は愛されていた。
恵まれた環境は彼を美術品に仕立て上げ、自己愛性人格障害の気をもたせた。
彼の頭脳は完璧で、いろいろな施設に貢献した。彼の両親も喜んだ。
家はより裕福になり、将来についての噂話も絶え間なく聞こえてくるようになった頃、彼はひとつの分野にとりわけ関心を持った。
遺伝子関係といえばいいのか、生物学といえばいいのが、実験をすることが好きだった。
さまざまな過程を試し、手塩にかけた結果に理想通りのものが作り上げられるというのは、彼にとっての喜びとなっていた。
思い通りに行くのはとても気持ちがいい。手をかけた分、喜びも長続きした。
反して、すぐに壊れるのは過程をいい加減にしたもの。
趣味以外でも、簡単に手に入った女性とは一夜限りなんて事が当たり前だったし(よく泥沼にもなった)恐怖だとかそんなもので支配したものはすぐに崩れるということを彼はよく知っていた。
「完璧は気持ちがいい」
彼は他者に求められるものではなく、自分の充足感のために動くようになっていくが、彼の周囲と、両親はとにかくそれに反対していた。
地元の名士どまりであった父親などは、一介の研究者などよりもっと、名声と、権力と、地位のある職に就いて欲しいらしい。言い争いが増えるようになったが、彼が負けることは一度としてなかった。
彼の実験のようなものは、用が済んだら次の興味へとどんどん移り変わっては生産と廃棄を繰り返す。
そして大分非人道的な事もするようになった。
ここまで出来るのなら、人間ぐらいつくれるだろう。
「かわいそうにね」「頭をいじらせてくれるかい」「オレがもっと賢くしてあげる」
彼は家に寄り付かなくなった。
ここまで育ててくれたことに感謝しているし、欲しい物はなんだって勝ってもらえたので、恨みだとかそういうものはなかったが、研究に没頭していたかったし、それについての文句を言われるのも嫌だった。
そうして久し振りに両親の元に帰ってみればいつもに言い争い。
「なんでオレがちょっと優秀だっただけでお堅い職に就かなきゃならないんだ」
「名声とか興味がないな。凡人からオレみたいなすごいのが産まれただけで奇跡なんだから、つつましくいこーぜ、つつましく」
それはいつものように彼の勝ちで終わるはずだった。
彼が自慢の頭で両親を言いくるめて、たまには世間の役に立つような事もすると約束して。
いずれは収まるだろうと楽観的に考えていた争いが、いつもの決まった方向からずれてしまったのは、父親が少しばかり酒を飲み過ぎたせいか。
「お前に、いくら払ったと思っているんだ!」
「なにそれ」
彼の不幸は、明晰すぎる頭脳にあった。
それでも、その回転を抑えて全ての事項が繋がらないように無意識でセーブをかけていたというのに。
(産まれた朝の思い出を聞いたことがない)
(まわりの家庭はそんな話をするのかは知らない)
(褒めてもらったけれども、叱られたことはあっただろうか)
(産めない身体というわけでもないのにと、ハウスキーパー達がしていた噂話)
(道具みたいにというのは誰のことだろうか)
(食事は家族でするものだなんて知らなかった)
(父親の趣味はなんだったか)
(凡人から天才がなんて、本当に奇跡)
両親にとっては、彼の産み出す「裕福さ」が大事なのだ。
それこそ、権威だとかおそれだとか地位だとか名声だとかを、両親が自らの力である、と錯覚するための依存、イコールするところの自己愛で彼は愛されていた。
愛されているというのも彼にとっての錯覚であり、今まで貰っていたものは投資と見返りでしかなかった。
彼は、自分に何かしらの欠陥があることは気付いていた。
突出した部分で埋めればいいのだとは思わない。
使えるものなら、100%有効に使う彼は考える。
特級の素材を揃えても、過程一つ間違うだけでそれは廃棄物になる。
健康体の母体を母性は役割を投げ打って、つまらない充足感だけに走った。最高の素材は過程を怠ったせいで、完璧には成り得なかった。
彼の欠落した頭が感想をはじき出す。
(うわ、もったいねえ)
さめた表情でひとつ溜息をつき、ペンスタンドに立てられたはさみをとり上げる。
「あのさ、オレ、どんなバカ女でも尊敬してる所あんのよ。結局人間作れるのはあいつらじゃん。このオレにだって出来ないっつーのにさ。何無駄にしてんの、もったいねえな。価値があるものになれよオレみたいにさ。
ああ、腹が立ってきた、産まれて初めて」
言いながら、彼は父親役の男の喉元にはさみを突き立てた。
「アンタらのオナニーに付き合うのはもうおしまい」
物音を聞きつけて部屋に入って来た「母親役」が悲鳴を上げた。
彼の耳に入るのは知性のひとつも感じられないヒステリックな鳴き声と罵倒。
(ああもううるせえな。こういう時って躊躇したりすんのかな。まあ普通とかにはキョーミねえや。黙らせるのにいいものないかな)
(おや?)
(こんなパソコンあったっけ?)
手元では左端を血で濡らしたラップトップパソコンが鈍い光を放っており、ひとりでに電源が入ったらしい、モニタが点灯した。
はじめにガイダンスらしいものが流れ、興味を持った彼はその指示に従っていく。
女の悲鳴が鬱陶しくて、それで殴ってやろうと思った瞬間にラップトップが姿を変え、母親役の女に襲いかかった。
「うお、なに」
一部始終を彼は興味深く観察した。
受胎から発生、そしてどんなふうに産まれてくるのかまで。
異形の子供は意思があるらしい、パソコンモニタに表示される問い掛けに何度か答えてやり、空腹の訴えにどうすればいいのかと悩んでいると、赤ん坊は母体をキューブ状に切り刻み、吸い尽くした。
呆気に取られていると、見る見る成長した赤ん坊が血の跡をきれいに辿り、肉の塊となった「父親」に齧り付く。
交互にモニタを見ると、「もう死んでいます」と告げられたので、それはそうだと相槌を返す。
彼には珍しいもたもたとした会話をし、最終的に「もういいんだ」と言うと、目の前の赤ん坊は影も形も残さず消え失せる。
はさみの刺さった肉塊は、それがいったい何であったものか判別すらつかないものに姿を変えていた。
辺りはすっかり暗くなったが、モニタだけが煌々と輝き、それは様々な画面を映し出す。
恐れることもなくよどみなく理解できるのは、彼の知性の賜物かそれとも単純に半身であったからか。
未だかつてないスピードで脳の歯車が動き、高揚感に彼の口元が歪む。
(いい、いいぞこれは、なんだこれは、ディ・モールトいい!)
(できることもやらないバカメスの有効活用だ!そうだよ、できるんだからやろうぜ。試験管やフラスコで生成されるよりもずっといい!役に立たない素材ならオレが作り替えてやる。アハハハ、かみさまみたいだ!)
彼はこの能力の発現が、何らかの奇跡や超常現象など、また精神論などを持ち出して深く考えることはせずに、「まあオレならある事かもね」とあっさり肯定した。
彼はかみさまよりも何よりも、自分を一番信じていたからだ。
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