毒性には耐性がつくかそれとも気付かず溺れているかプラシーボ効果の持続範囲を彼等はあえて考えない。



「人間椅子」とは短編小説や音楽バンドの事でもあるが、ここでは読んで字のごとし、とすんなり納得出来るその体勢の事を指す。


両肘と両膝をカーペットへ、首根っこを押さえ付けられて額もそこに擦り付けていたが、ラバーソールの苦痛の表情はそういった物理的な状況から起因するものではなかった。

「約束の一つも憶えられない役立たずの脳細胞だ。残らず死滅させてやろうか、ん?」

上方から響く高圧的な声にラバーソールは動けない。
薄笑いに冷や汗をたっぷりと浮かべながら、5分前から数えて20回目には到達するであろう謝罪を述べた。

「すんませんした」
「ふん」
「だってよ」
「だってじゃあない!」

正確に言えば、ラバーソールは約束を違えたわけではなかった。
あまりにもありがちな、勘違い、見解の相違とでも言えばいいのか、「来週の日曜」を4日後のそれか、ひとつまたいで11日後のそれかと認識しているだけの違いだった。
それだけならまだ埋め合わせはできようものだったが、

「似合わない匂いをさせて」

ダンの思っていた待ち合わせ時間に現れなかったラバーソールをやっと捕まえた時、彼の周りには花の匂いが散っていた。
女物の、安っぽい香水だ。
背もたれもなく安定しない体勢に疲れたか飽きたか、椅子からするりと立ち上がり改めてベッドに座り直す。
今の状況下では立場が下であるラバーソールは、腰さえ下に降ろしたものの、カーペットから離れられなかった。
恋人の裁きは、時にアヌビスのそれより恐ろしい。

「別に珍しい事ではないんだがなあ」
「まあそうなんだけどな」
「何だか腹が立って仕方ない。おい、舐めろ」
「うぃーす」

差し出された靴先を指でなぞり、踵を手のひらで包み込む。しかしその甲には顎先が乗せられ、舌は命令以外の用途で動いた。

「…つーかよお」
「わかってるから言わなくていいぞ」
「あ、ですよねー」
「やきもちをやいているんだなあ、わたしは」

その辺の女を引っ掛けるくらいは珍しい事でもない。ダンとの約束をすっぽかすのはまずない事であったが、まずないだけに事情を説明すれば大体は埋め合わせと共に許してもらえる。
しかし世の中には、害が少なくとも混入させる匙加減によっては爆薬と成り得るものもあるので、今回のケースはそれが該当したらしい。

「ユリは猫には猛毒だ。質が良かろうが悪かろうがな」
「花粉つけて帰ってすんませんした」

なんでもないような顔で、もう一度ラバーソールの口元に靴が突き付けられる。

「うえ、どーしてもかよ」

今度は喋るためでなく、しかしずる賢くもわからないようにスタンドで薄くコートされた舌が伸びる。
それをダンはわかっていたが、様式さえ取り繕われていればそれでよしとする。
足元の彼には、自分の咽を噛み千切る力がある事をダンは知っていた。
逆も同じ事で、それを知りながら従順ぶること、手綱を握る態度のごっこ遊びを彼らは楽しんでいた。

「あ、今日うんこ踏んだわ」
「うおあっぶねえええ!さすがにカンベンしてくれよ!!」

あと数ミリで触れそうだった爪先を勢い良く引っ込め、次いで、慌てて自分の手のひらを見るラバーソールの姿を確認すると、にやにや笑いの陰湿さで、うそだよ、と返してやった。

「花粉がそう簡単に落ちるものか。わたしは一ヶ月は根に持つぞ」
「もっとやさしくしろよぉ、ハニー」
「野良犬に甘いものなんて、毒にしかならないだろう。ああ、わたしは気遣い屋だ、優しいな!」

特徴的な虹彩がぎらりと光り、悪いのはどちらかと雄弁に語るので、「犬にも猫にも毒だろよ」という反論は喉の奥に仕舞い込まれた。分かりやすく立った逆毛は矛盾すらもはねのける。

「…おれが耐性つけさしちまったかなあ」

すっかり蜜の味をしめてしまったお猫様に差し出す甘味は、何が一番効果的だろうかと野良犬は模索するが、首を捻る間もなく、あわれ消臭剤をぶっかけられるのだった。


どっとはらい。





それにしてもわたしは一人称で進む話が書けない。